スーパーワンコ・チップと双子のギャングたち(たまに映画も)

愛犬チップと双子ギャングの成長記録と映画を語る

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19歳 単身アメリカに立つ

僕は19歳の時に初めてアメリカに行きました。
今回はその時のお話です。

特にアメリカで何をしようかとか、
アメリカでどこに行こうかとか、
アメリカで何を見ようかとか・・・

そんな目的などなく『アメリカが見たい』という気持ちだけで渡米することになりました。

当時、アルバイト生活をしていた僕に渡米費用などありません。
次にもらう給料を全額費用にしてしまえという乱暴な計画です。
某旅行会社でアルバイトをしていた僕はできるだけ安い航空券を探してもらいました。

お金のない僕は日本航空などというお大臣様が乗るような飛行機には乗れません。
アメリカ系航空会社はどうか・・・
ユナイテッド航空? う~ん高いなこれも。
ノースウエスト航空? もうちょっと安いのないかな?
そして見つけたのがタイ航空の東京⇔ロサンゼルス。
これがめっちゃ安かったんで、早速手配をお願いしました。

僕がアメリカに行くことでびっくりしたのは母でした。

『オレ、アメリカ行ってくる』
『え? いつから?』
『あさってから』
『誰と?』
『一人でだよ』
『・・・・』 母は黙ってしまいました。

用意した荷物はちょっと大きめのスポーツバッグひとつ。
海外旅行=スーツケース と思い込んでいる母の頭の中は?マークでいっぱいだったようです。

ロサンゼルスまでの往復チケットと所持金は10万円足らず。
ホテルは現地手配。
英語はできない。
ガイドブックは現地に着くまでぜったいに読まないという意味のない決意。
まったく無謀な旅でしたが、僕は冒険心を押さえられませんでした。

成田から飛行機に乗ってロサンゼルスまでは何の問題もありませんでした。
さぁ、到着してからが波乱万丈の始まりです。

海外旅行など、その前に香港に行っただけでしたので、空港のしくみもよくわかりません。
『とりあえず、ホテルを手配しなくちゃな』
事前にガイドブックなど読むことがなかった僕はどこでホテルの手配をしていいかもわからず、
空港の人に『ホテルプリーズ』とか訳のわからん事言いながらようやくツーリストインフォメーション
にたどり着きました。

窓口の人は少しだけ日本語ができるおばちゃんでした。
『お金ないからできるだけ安いホテルがいい』
そのリクエスト通りめちゃくちゃ安いホテルを紹介してくれました。
(ホテルの名前は憶えていません)

『バスで行けばいいの?』
『慣れていないとバスは間違えてしまうからタクシーで行きなさい』
そのホテルはロサンゼルスヒルトンのすぐ裏にあるからヒルトンまでタクシーで
行くようにとのアドバイスでした。

言われたとおりタクシーに乗って、僕はヒルトンホテルまで行きました。
ヒルトンは立派なホテルです。
玄関にはきちんとしたドアマンがいます。
僕が宿泊客だと思ったドアマンは僕の荷物を取り上げベルボーイに渡そうとしたので、
『ノーノー』と言いながら荷物を返してもらい、手配したホテルまで歩いて行きました。

手配してもらったホテルは映画に出てきそうないかにも安いオンボロホテルでした。
古くて、狭くて、暗い感じのするホテルでした。
部屋にはバスタブがなくあまりお湯の出ないシャワーのみ。
ホテルの中にレストランがありましたが、場末の定食屋みたいな感じです。
フロントで手続きしてたらクレジットカードを出せと言われましたが、そんなものありません。
3泊分を先に払えと言われ、しぶしぶ払いました。

毎日特に何をするわけでもなく、とにかく地図を見ながらロサンゼルスの街をうろうろしていました。
ディズニーランドに行くわけでもなく、グランドキャニオンを見に行くわけでもなく。
お金がないので、食事はワゴンのホットドッグとコーラばかりでした。
でも、それがアメリカを感じさせてくれてこの上ない幸せだったような気がします。
とにかくアメリカを感じたかったのです。
マクドナルドのハンバーガーがやたらとでかくて感動したり、
もらったチョコレートがめっちゃ甘くてまずくて感動したり、
日本ではお目にかかれないようなすんごいエロ本が売っることに感動してました。

ロサンゼルスにはウエスティンボナベンチャーという高い建物のホテルが目立ちました。
『いいなぁ。あそこ泊まりてぇ・・・』そんなこと考えながらロビーだけ入ってみたりもしました。

夕方、ホテルの部屋にいると誰かがドアをノックしました。
ドンドンドンドン!
僕は恐る恐るドアを少し開けると隣の部屋に泊っていた身体のでかいアフリカ系アメリカ人の
兄ちゃんが立っていました。
怖くなって一度ドアを閉めると、その兄ちゃんがまたノックします。
僕は無視してましたが、しつこくノックするので『なんだよ?』と日本語で聞くと
どうやら夕食を一緒にどうだと誘ってくれていました。
顔を見ると笑っていたので、ちょっと怖かったけど一緒に行くことにしました。
『アイハブノーマネー』(おれ、お金ないよ)
その兄ちゃんは笑いながら大丈夫大丈夫と言ってました。
(彼の名前も忘れてしまいましたので、仮にボブとします。)

ボブは日本でいうファミレスのような店に連れて行ってくれました。
(確か、おごってくれたように憶えています)
僕にもわかるようにやさしい英語でゆっくりゆっくり話してくれました。
『オレはシカゴから来たんだ、お前は京都から来たんだろ?』
キョウト?
ボブは日本人はみな京都に住んでいると思い込んでいるようです。
僕が19歳だと言うと彼はびっくりしてました。
『オレはお前がまだJr.ハイスクールだと思ったから助けてやらなくちゃいけないと思った』
だそうです。
僕がせっかくだからビールでも飲もうかと思ったら、
『未成年が酒を飲むんじゃない』と許してくれません。
意外と真面目なアメリカ人でした。
話をしてみるとぜんぜん怖い人じゃなかったです。
ボブは翌日、シアトルだかどこかへ行って、シカゴに帰ると言ってました。

日本に帰る前日、あのウエスティンボナベンチャーに泊まりたくなりました。
ところがお金がそんなにありません。
っていうか、ほとんど無一文に近い状態です。
なんだかんだ言いながらけっこう使ってたみたいです。
『一応、行ってみるか』
僕は財布の中から空港までのバス代を抜き取り、残りの全財産をフロントの人に見せて
『お金はこれしかないけど、どうしてもここに泊まりたい!』と交渉してみました。
とてもそんなホテルに泊まれるほどの所持金ではありません。
無謀です。

フロントのスタッフ僕が出した数枚のドル紙幣とコインを封筒に入れ、
『ちょっと待ってろ』と僕に言いました。
3分くらいするとそのスタッフが戻ってきました。
手になにか書類を持っています。
『ここにサインしろ』
言われるがままに僕はサインしました。
何の書類かわかりませんでしたがいわゆるゲストカードみたいなものではありません。

サインするとスタッフは部屋のキーをくれました。
彼は人差し指を口にあてて『内緒だよ』と言ってるような感じでした。
晴れて僕はわずか10ドルちょっとのお金でこんな高級ホテルの宿泊客になれたのです。

残ったお金は空港までのバス代です。
使うわけにはいかないので、夕食は抜きです。
翌朝の朝食もなし。
めちゃくちゃ腹減ってる状態で空港に行きました。
空港で搭乗手続きを済ませても、空港内で何も食べれません。
早く飛行機乗って機内食が食いたい・・・

飛行機は定刻通り出発しました。
少しすると飲み物とスナックが配られました。
そのスナックがうまくてうまくて・・・
むさぼり食ってたらCAがもう一個くれたのを憶えています。
(子供だと思ったみたいです)

成田へ向かう飛行機の中で僕の頭の中をひとつの不安がよぎりました。
『やべ!金ないじゃん。 成田からどうやってうちに帰ろう?』
まぁ、日本に着いてしまえばどうにでもなると無理くり思い込んで寝ているうちに
飛行機は定刻より少し遅れて成田に到着しました。

口座にお金あったかな?
第一勧業銀行かどこかのATMで残高照会してみると・・・
ありましたよ! 2千円ちょっと。
京成スカイライナー? そんなもの乗らなくてもいいやい!
僕は普通の京成線に乗り、家路につけました。

家族、友人へのお土産はなにもありません。

でも、この旅は僕を少しだけ『男』にしました。

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